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東京高等裁判所 平成4年(ネ)4825号 判決 1993年5月26日

控訴人(申立人(債務者)) 千代田化工建設株式会社

被控訴人(被申立人(債権者)) 越智康雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人と被控訴人との間の横浜地方裁判所昭和六三年(ヨ)第四六五号解雇予告無効仮処分申請事件について同裁判所が平成元年五月三〇日に言い渡した仮処分判決の主文第一項中控訴人に対し一か月につき二四万円を超える金員の仮払を命じた部分を取り消す。

3  被控訴人は控訴人に対し、九七九万〇〇六五円及びこれに対する平成四年四月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審ともに被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文第一項同旨

第二事案の概要

本件事案の概要は、原判決四枚目表三行目末尾の次に行を改めて以下のとおり付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の項に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

「また、被控訴人は、仮執行宣言付本案判決により控訴人が取消しを求める金員の支払部分についても強制執行をなし得る地位にあるので、仮処分の取消しによりこの部分について原状回復することは無意味であるから、事情変更による取消しを求める権利を有しないというべきである。

(控訴人の主張)

仮処分の執行と本案判決に基づく執行とは、その目的・性格を異にするから、仮処分判決に基づいて金員が仮払された後に仮執行宣言が付された本案判決がなされても、当然に仮処分の執行が目的を達するとみることはできないし、また、仮処分の執行が当然に本案判決に基づく執行とみなされるものでもない。したがって、仮処分債務者は、事情変更による仮処分取消しの申立ての要件が備わっている限り依然としてその取消しを求めることができると解すべきである。

なお、控訴人は、仮処分判決に基づく強制執行を受けることを避けるために任意に被控訴人に対し仮処分判決によって命じられた金員を支払ったので、本件においては仮処分の執行と目すべきものは存在しない。」

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人の事情変更による仮処分判決の取消しの申立ては理由がない(したがって、その取消しを前提として仮払金の返還を求めることもできない。)と判断する。その理由は次のとおりである。

1  本件仮処分のような賃金仮払仮処分は、その執行によって被保全権利(賃金請求権)が実現されたのと同様の状態が事実上達成されることから満足的仮処分の一種とされているところ、この種仮処分であっても、法律上の紛争により当事者(仮処分債権者)に生じている現在の危険を除去するため、本案訴訟による解決をみるまでの間、暫定的な状態を仮定的に形成するものであるから、仮定性・暫定性という保全処分に固有の性質が失われているわけではない。したがって、右仮処分の執行後においても、本案訴訟では、その執行の結果(仮の履行状態)を考慮しないで、請求の当否について判断すべきこととなるのである。

しかしながら、本案訴訟において仮処分債権者が勝訴した場合、既に事実上被保全権利が満足を得たのと同様の状態にあることから、更に本執行を申し立てて権利の実現を図る必要性もその余地もない。そこで、満足的仮処分の執行後に仮処分債権者が本案訴訟で勝訴したときには、特に本執行への移行というような観念を入れるまでもなく、当然に、本執行が行われたと同一の効果が仮処分執行時に遡って生ずるものというべきである。そして、これとともに原則として、仮処分自体も、その目的を達して消滅すると解すべきである。

なお、この理は、満足的仮処分を債務名義として強制執行を申し立てるまでもなく、債務者が右仮処分に従って金員を支払うなど仮の履行をした場合においても同様であることはいうまでもない。何故なら、この場合における履行は、実体法上の法律関係とは別個の訴訟法的法律関係を形成する仮処分に従って行われるものであって、債務の消滅を目的として行われる実体法上の弁済とは区別されるのであり、むしろ仮の履行状態が形成されるという意味では仮処分の執行が行われたのと同視すべきだからである。

そして、右の状態に至った場合には、従前仮処分の執行として、あるいは、仮処分に基づく仮の履行として形成された状態が本執行に基づくものとみなされるので、もはや事情変更による仮処分の取消しの申立てを始め、法定の各種保全処分取消しの申立てをすることは許されないことになる。

2  ところで、満足的仮処分の本案における債権者勝訴の判決が確定した場合に右のような効果が発生することはいうまでもない。

問題は、仮処分債権者が本案において仮執行宣言の付された勝訴判決を得たものの、未だ確定していない場合であるが、このような場合であっても、仮執行宣言により確定前に執行力が付与されて本執行を申し立てることができるのであるから、本執行への移行の観念を介在させることなく当然に本執行が行われたと同一の効果が仮処分執行時に遡って生ずることは肯認してよい。ただし、仮執行宣言付判決に基づく執行は、確定的なものではなく、いわば本案判決自体又は仮執行宣言が取り消されることを解除条件として許されるにすぎないものであるから、従前の仮処分自体がその目的を完全に達成したとまではいうことができず、したがって、この時点で仮処分自体が消滅すると解することはできないのであって、本案訴訟が未確定の間は仮処分及び本案の両債務名義が併存することになる。

もっとも、このような場合であっても、仮処分債務者が事情変更による仮処分の取消しを申し立てることは許されないと解すべきである。何故なら、右取消しの申立ての制度は、保全処分発令後に被保全権利又は保全の必要性に関する事情が変更したため、保全処分の仮定性・暫定性にかんがみ、現在においてはこれを存続させるのが相当でないと考えられる場合に、債務者を仮処分による負担から開放することをその趣旨とするものであるところ、仮処分債権者が仮執行宣言付本案判決を得た場合には、これにより当然に本執行が行われたと同一の効果が生ずることになるので、もはや仮処分の仮定性・暫定性に基づく債務者保護の要請は考慮する必要がなくなっているからである。

3  これを本件についてみるに、前判示の当事者間に争いのない事実によると、仮処分判決によって命じられた金員は全額仮払済みであるところ、その本案における仮執行宣言付判決により右仮払金の全部を含む金員の支払請求が認容されたのであるから、仮処分判決に基づいて仮払された金員は右仮執行宣言付判決により本執行に基づくものとみなされるに至ったものである。

なお、控訴人は、本件においては仮処分の執行と目すべきものは存在しない旨主張するけれども、控訴人の被控訴人に対する金員支払が債務の消滅を目的として行われる純然たる実体法上の弁済ではなく、これとは別個の仮処分によって形成された訴訟法的法律関係の下で仮の履行として行われたものであることは弁論の全趣旨から明らかである。したがって、この金員の仮払もまた仮処分の執行が行われたのと同視され、仮執行宣言付本案判決により本執行が行われたとみなされるべきものであることはいうまでもない。

そうすると、控訴人はもはや仮処分判決について事情変更による取消しの申立てをすることは許されず、その取消しを前提として仮払金の返還を求めることもできないといわなければならない。

二  以上の次第で、控訴人の本件申立てを却下した原判決は結論において相当であるというべきである。

よって、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹宗朝子 新村正人 齋藤隆)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

本件申立てを却下する。

訴訟費用は申立人の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一 申立人と被申立人との間の横浜地方裁判所昭和六三年(ヨ)第四六五号解雇予告無効仮処分申請事件について、同裁判所が平成元年五月三〇日に言い渡した仮処分判決の主文第一項中、一か月につき二四万円を超える金員の仮払を命じた部分を取り消す。

二 被申立人は、申立人に対し、九七九万〇〇六五円及びこれに対する平成四年四月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、賃金仮払を命じた仮処分判決に基づいて仮払をした申立人が、仮払後にその仮払金の一部について保全の必要がないことを知ったとして、事情変更を理由に仮処分判決の一部取消しを求めるとともに、民事訴訟法一九八条二項が準用されるとして、取消しを求める部分についての仮払金合計九七九万〇〇六五円の返還とこれに対する平成四年四月七日から返還済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一 当事者間に争いのない事実

1 横浜地方裁判所は、被申立人の申し立てた同地方裁判所昭和六三年(ヨ)第四六五号解雇予告無効仮処分申請事件につき、平成元年五月三〇日、「債務者(本件申立人)は、債権者(本件被申立人)に対し、昭和六三年六月二一日から本案の第一審判決の言渡しに至るまで毎月二〇日限り一か月四五万七五五七円の割合による金員を仮に支払え。」との判決(以下「仮処分判決」という。)を言い渡した。

右判決に対しては、申立人から控訴がなされたが、控訴審である東京高等裁判所は、平成三年五月二八日、右控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。

2 横浜地方裁判所は、平成四年三月二六日、右仮処分の本案である同裁判所平成二年(ワ)第二二二号地位確認等請求事件につき、「被告(本件申立人)は、原告(本件被申立人)に対し、六六三万九九二〇円及び昭和六三年五月二一日以降一か月四五万七五五七円の割合による金員を毎月二〇日限り支払え。」との仮執行宣言付判決(以下「本案判決」という。)を言い渡した。この金額は、仮処分判決で仮払を命じた金額の全部を含むものである。

3 申立人は、被申立人に対し、仮処分判決によって命じられた金員の全額を支払った。

4 被申立人は、本案判決に基づき、執行官に対し、仮執行の申立てをし、執行官は、平成四年七月三日、申立人方に赴き、その執行をしようとしたところ、申立人から、既に仮処分により仮払済みである旨の申出がなされ、被申立人もその事実を認めたため、執行官によって執行は不能として処理された。

二 争点

1 申立ての利益について

(被申立人の主張)

仮処分判決に基づき仮払がなされた後、仮執行宣言を付した本案判決がなされると、その仮払は、当然に、または本案判決に基づく執行の申立てにより、本案判決による執行に移行し、その時点で仮処分判決の効力は失われるから、その後に仮処分判決の取消しを求める利益はないというべきである。

2 事情変更の有無について

(申立人の主張)

被申立人は、仮処分判決前から一か月一〇万円を超える金員を同人の解雇撤回闘争の支援団体に支払っているが、これが被申立人とその家族の生活に必要なものでないことは明らかである。また、被申立人とその家族は、仮処分判決前から一か月二四万円で生活することができたから、仮処分判決で仮払を命じた一か月四五万七五五七円のうち二四万円を超える部分は、当初から保全の必要がなかったものである。そして、そのことは、仮処分判決後に明らかになったのであり、したがって、仮処分判決後の事情の変更にあたるものであるから、申立人は、これを理由にその部分の取消しを求めることができる。

(被申立人の主張)

申立人の主張事実中、被申立人が毎月一〇万円程度を解雇撤回闘争の支援団体に支払っていることを認め、その余は否認する。右金員は、申立人のした違法無効な解雇を撤回させ、被申立人とその家族の生活の不安を取り除くために、やむを得ず支出しているものであるから、被申立人とその家族の生活を維持するために必要な費用であるのみならず、そのことは、仮処分申請事件の控訴審口頭弁論期日までには訴訟上明らかになっており、控訴審裁判所はそれらの事情をも斟酌して保全の必要を認めたのであるから、仮処分判決を取り消すべき事情の変更にはあたらない。また、仮処分判決で仮払を命じた一か月四五万七五五七円程度の金員は、仮処分判決時も、その後も、被申立人とその家族の生活を維持するために必要最小限のものであるから、その全額について保全の必要があり、この点についても、何の事情の変更もない。

第三当裁判所の判断

賃金の仮払を命じた仮処分の裁判がなされてその執行が終った場合には、債権者が仮処分及び本案で求めようとしている権利の実現は、事実上達成されたことになるから、その後、本案において、仮払をした金員につきその支払を命じる判決がなされてこれが確定し、または仮執行宣言付判決がなされたときには、仮処分の執行は、その目的を達し、特段の行為を要することなく、本案判決による執行とみなされ、その時点で仮処分の裁判の効力は将来に向かって消滅するものと解すべきである。これを本件についてみると、前記争いのない事実によれば、仮処分判決に基づき仮払がなされた後に、本案について、その金員の支払を命じる仮執行宣言付判決がなされたというのであるから、右仮払は、その時点において、本案判決による執行とみなされ、仮処分判決の効力は将来に向かって消滅したものである。したがって、その後においては、事情変更による取消しの対象を欠くことになるから、その取消しを求めることはできず、その取消しを前提として仮払金の返還を求めることも、できないというべきである。

よって、本件申立ては、その余の争点について判断するまでもなく、却下すべきものであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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